AX

ジョヴァンニ・ピコ・デッラ・ミランドラを源泉とした「『美意識』(a sense of beauty)の構築」

ルネサンス期イタリアの哲学者・人文主義者であるジョヴァンニ・ピコ・デッラ・ミランドラ(1463-1494)の著書『人間の尊厳について』は、ヨーロッパの最高峰レヴェルの学者が必ず精読する書物です。ジョヴァンニ・ピコ・デッラ・ミランドラ執筆の以下の文章を、(1)「精読⇒鑑賞」、(2)「鑑賞⇒精読」、(3)「精読⇒鑑賞」という如き”厳格に厳格を重ねる日々”を送ることにより、世界レヴェルの「美意識」(a sense of beauty)を養うための”rational process”(理性的道程・過程)を歩むことが可能となります。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「人間が生まれるとき、父は、彼にあらゆる種類の種子とあらゆる種類の生命の芽を挿入しました。それぞれの人間が育むものは、成長してそれぞれの人間の中に自分の果実を産み出すでしょう。(1)もし植物的なもの(vegetalia)を育むならば、その人は植物になるでしょう。(2)もし感覚的なもの(sensualia)を育むならば、獣のようになるでしょう。(3)もし理性的なもの(rationalia)を育むならば、天界の生きもの(caeleste animal)になるでしょう。(4)もし知性的なもの(intellectualia)を育むならば、天使、ないしは、神の子になるでしょう。そして、(5)もし彼が、もろもろの被造物のいかなる身分にも満足せずに、自らの”一性”(unitas)の中心へと自ら引きこもるならば、彼の霊(spiritus)は神と一つになり、万物を越えたところにおられる父の「孤独な闇」(solitalia caligo)に置かれて、万物の上に立つものとなるでしょう。」

注)
 ジョヴァンニ・ピコ・デッラ・ミランドラ著、大出哲・阿部包・伊藤博明訳、『人間の尊厳について』、国文社、17-18頁参照
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「洗練され尽くした『美意識』」は、一年や二年で養われるものではありません。長年にわたって「孤独」(loneliness)を愛し続け、自ら進んで自分を「孤独の『どん底』」に身を置き、頭だけでなく、「腹」(stomach)で哲学する日々を送ることが最低限必要です。

Quintessentially, Sophistication of the very sophistication shall be produced and sharpened through “pains in profound loneliness.”

世俗的な雑念・煩悩から離脱し、「英知追究(真理探究)の空気感」の中で生活をすることにより、「音」の構成要素について「認識」「理解」できるようになり、やがては、「声」に内在する構成要素について「認識」「理解」「吸収」することができるようになります。概して、この「究極的ステージ」(the ultimate stage)に到達しない限り、英語のイントネーションを「自分自身のイントネーション(naturalizationを具現することで生まれるイントネーション)」とすることは不可能です(但し、イントネーションを習得するためだけの目的でこの経験を積んでも、イントネーションを習得することはできません)。この「超・経験」(transcendental experience)は、生井利幸の愛弟子として相当なる期間にわたって修行・鍛錬を重ねることなしに体験することは”ほとんど不可能”です。

◆補足
このページの内容について理解できる人は、「日本では皆無に等しい」と言わざるを得ません。ジョヴァンニ・ピコ・デッラ・ミランドラ著『人間の尊厳について』上記一節についての稽古は、英語道の稽古において極めて重要な稽古の一つとなります。