このページを丁寧に熟読すると、「最も効果的な英会話マスター
の方法」について、様々な観点から多角的に知ることができます。

講師のポリシー、そして、受講生に望むこと







レッスン日記・最新ページアップのお知らせ
2010年4月1日(木)

このたび、新たに、レッスン日記の最新ページをアップ致しました。最新ページは、以下をクリックするとご覧いただけます。

<レッスン日記・最新ページ> 2010年(4月− 現在)





英語を「自分自身の言語」として、生け花・茶道を介して深い思索を展開する受講生
2010年3月30日(火)

先日、レッスンにおいて、英語で茶道についてのプレゼンテーション(タイトル: "The Japanese tea room
- Focus on the border made by SENSU -")を行った受講生・Y.B.さんから、再度、素晴らしいメールを頂戴しました。

レッスンにおいて英語で日本文化についてプレゼンテーションを行うことは、「上辺だけでない、より深い英語コミュニケーション
能力」を養う上で非常に効果的な学習になりますが、Y.B.さんにおいては、この限りではありません。Y.B.さんは、レッスンにおい
て、英語を、外国語としてではなく、「自分自身の言語」として、講師と「心の会話」を実現しています。

以下において、このたび頂戴しましたメールをご紹介させていただきます。


生井先生、

こんばんは。

本日も素晴らしいレッスンをありがとうございました。レッスンが終わったときに大きな充実
感があり、心に喜びが満たされるのを感じました。

前回も同じようなことを申しあげましたが、今回のレッスンもお話いただいた中身の濃さの方
に圧倒されてしまい、英語で話しているという意識よりも、自然に自分の伝えたい言葉が出
てきたように感じられたことを大変嬉しく感じました。(もちろん、たどたどしい表現です
が・・・)

最近のレッスンにおいて、生け花や茶道等をテーマとして発表をすることを通じて、私の
身近な日本文化や、日本人としての「私」について深く考える時間を持つことができました。
そして、これらが単なるお稽古ではなく、自分なりに哲学をする大切な「畑」になったように
思います。

また、前回のレッスンの際、発表した原稿についてレッスン日記に掲載してくださり、ありが
とうございました。先程帰宅して、拝見しました。

自分で言うのもおかしいのですが、私の未熟な文章が、何かの魔法にかけられたように
立派になったように見え、先生が時間を割いて丁寧に掲載してくださったことを感じました。
本当にありがとうございます。

それから、タイトルについて、英文原稿に入れ忘れてしまい申し訳ありません。以下のタイト
ルで問題ありませんでしょうか?

The Japanese tea room
- Focus on the border made by SENSU -

もし可能でしたら、タイトルの付け方や、文章のスタイル等、勉強をしてゆきたいので、お時
間のあるときにご指導いただけると幸いです。

どうぞよろしくお願い申し上げます。


心からの感謝の気持ちを込めて
Y.B.






茶道についてのプレゼンテーション
2010年3月25日(木)

先日、受講生のY.B.さんは、レッスンにて、"The Japanese tea room- Focus on the border made by SENSU -" というタイトルで
英語でプレゼンテーションをしてくれました。

以下において、Y.B.さんからいただいたメール、そして、レッスンで行った英語によるプレゼンテーションの原稿(英文・和文)を
ご紹介します。日本文化について英語で考えたい人にとっては、非常に参考になる内容です。


生井先生、

こんばんは。

遅くなりましたが、先日のレッスンで発表させていただいた茶の湯についての原稿と、稽古
に通っている茶室の写真を添付ファイルにて送付いたします。未熟な文章表現で、本当に
恥ずかしいばかりですが、お時間のある時に目を通していただけると幸いです。

また、再度、自分なりにまとめ直してみて、改めて気づいたことがあります。

先生からご指導いただいている中で、何度か「知識」と「教養」の違いについてのお話をうか
がっていますが、その違いを頭では理解できても実際に自分自身の身に置き換えてみて、
「知識」を、どのように耕せば「教養」に変えていけるのか、ずっと模索していました。

今回、私の大切な時間である茶道についての考えをまとめている際、その「耕し方のひと
つ」が見つかったような気がしました。

また、毎回のレッスンにおいて、生井先生が心を尽くして下さっていることも、改めて感じま
した。銀座書斎という「茶室」で行われる心のこもったレッスンに少しでも応えられるよう、
これからも私なりに努力を重ねて行きたいと思います。

今度ともご指導の程よろしくお願い申し上げます。


心からの感謝の気持ちを込めて
Y.B.



The Japanese tea room
- Focus on the border made by SENSU -

Introduction
I've been learning Chanoyu, the Japanese tea ceremony, since 5 years ago. It is called "comprehensive
art". The people who learn Chanoyu are required to be rigid attitude and need long time to study. I am still
beginner in Chanoyu, but the experience of Chanoyu is great worth in my life, which is my business, the way
to communicate with others, and my sense of value.

Today, I would like to make a presentation to focus on "sensu", a fan, which is one of the important tools in
Chanoyu. Especially, I would like to talk about the role of sensu in the tea room. Before talking about the
sensu, I would like to talk about "What is tea room for me."

What is tea room for me?
The space of tea room is limited. There are a lot of rigid rules and styles in it. We can see the beauty in
Chanoyu throughout the sensitive communication with master and guests, which consists of many factors
such as our attitude, our knowledge, our feeling, our sincerity from bottom of our heart,

I can say that the tea room is sanctuary. We have many rules when we enter such a sacred place. My
master told me several rules in my first day to learn Chanoyu before I came into the tea room.

"When you come into the tea room, you have to put off all jewelry that you put on."
"You have to put off your watch."
"You have to put off your nail polish."
"Do not put any of perfume."
"Put on white socks."
Of course, "wash your hands."
And so on.

These rules have meanings to clean up ourselves before come into the tea room. Also each rule has
different meanings. For example, you need to treat valuable tea goods carefully so that you have to put off
jewelry to avoid damaging. You should forget about time you spend in your dairy life so that you have to put
off your watch.

Anyway, I had a permission to come into the tea room after I passed these rigid "ceremonies". Throughout
these things, I felt that I could make clean not only physically but mentally.

Every time I come into the tea room, I feel to be "nothing", just myself. I think that this feeling, "nothing"
is very important and it helps me to be more sensitive in the room.

The role of SENSU
Now, I will talk about the role of Sensu in Chanoyu.
When the guests come into the tea room, we bring several goods which are sensu, kaishi (papers), Kashikiri
(a small knife), and fukusa. But we are permitted to have only sensu in our hands.
Usually, sensu, a fun, makes wind. But its role in Chanoyu is completely different. There are majorly two
roles, one is to make a border, Kekkai, and other one is as a measure.
You can see to make a border with sensu when you greet each other in the tea room. As for the way of
greeting, there are 3 kinds of bow in Chanoyu, they are "Shin (the deepest bow)", "Sou (medium bow)",
and "Gyou (slight bow)" When you greet in "Shin" or "Gyou" way, you put sensu in front of you first, then,
do it. It means to make a border between the counterpart, also to put the counterpart in a higher place, and
put you in a lower place. I think this action express your respect for the counterpart. It is one of the
beauties of modesty.
To make a border with sensu is not only for a person but also for the tea goods as well.
When you see the tea goods in the Tokonoma, you put on sensu in front of you and bow, and then you see
them. You cannot touch the goods in Tokonoma beyond the border because it is a sacred space. You
respect these goods which the master selected for you, and by imagining the reason why the master choose
these goods, you might feel the hospitality and respect the master as well.

And other role of sensu is as a measure. When you see the tea goods, in your mind, you can measure these
valuable goods with sensu in front of you. Which means you can understand deeply about this knowledge.
The knowledge of tea goods is also important factor to understand the master's hospitality. There are a lot
of hints in it.

The tea room is such a small space in material aspect. There is not enough room for several people to sit
down. You cannot walk around whatever you want. But when you come into the room you will not feel that
it is tiny. It is limited space but it is also extend limitless.
We, Japanese, have quite a unique idea to use limited space. We use such a small space we have very
effectively. I think that to make a border with sensu in the tea room is one of the unique ideas to use the
space effectively. In general, the role of border is to separate, but in this case, it is necessary for us to do
better communication for each other. In Chanoyu, we intentionally make a border then make a certain
psychological distance with others to offer the best hospitality.
We live in such a small island so that we have been developing such a unique way of communication for long
time.

Conclusion
One of my favorite proverb is "There's etiquette in even the closest friendship (親しき仲にも礼儀あり". This
idea is similar to make a border in Chanoyu. I think that to have respected others first, then we can do
better communication. The things represent in Chanoyu can apply for other things in our dairy life. I learn
not only the way of good manners or etiquette, some knowledge, but also how we can communicate elegantly
in the tea room. I realize that the beautiful action comes from the beautiful mind throughout learning
Chanoyu.



茶室という空間について −扇子の作りだす結界に焦点を当てて−

はじめに

私は、5年前より茶道を習い始めた。茶の湯は総合芸術とも呼ばれ、学ぶためには、厳格な姿勢と年月が必要とさ
れる。私はまだ初心者であるが、毎回の稽古では新鮮な驚きの連続であり、茶室で体験していることは、日常生活
において、仕事、人との関わり方、ものの見方等の私の価値観に大きな影響を及ぼしているように感じる。
本日は、私の稽古での体験や、茶の湯の師である石川先生にインタビューをしたことを基に、茶室という限られた
空間における「亭主」と「客」との繊細なコミュニケーションに欠かせない扇子に焦点を当てて発表を行いたい。

私にとっての茶室とは

茶室は、いわば聖域である。聖域である茶室に入る際には、様々な決まりがある。私が茶の湯を習い始めた初日、
茶室に入る前に先生より以下のような「最低限の」決まりを教えていただいた。

「アクセサリを全て外す」
「時計を外す」
「マニキュアや香水はつけない」
「洋服の場合は、靴下をはく」

上記は、もちろん身を清めるという意味があるが、他にも大きな意味を持っている。「アクセサリを外すこと」を例に挙
げると、茶室では亭主が大切にしている高価な茶道具が多くあり、時には拝見をして手に取ることもある。その際に
は茶道具を丁重に扱うために、万が一傷をつけたりすることのないようにネックレスや指輪等のアクセサリは身につ
けるべきではない。また、「時計を外す」ということは、茶室の中では別の次元の時間の流れがあることを意味する。
このように、一つひとつの決まりには、実に様々な意味があるのだ。
客は、これらの「儀式」を経て、見た目や身体的なことだけではなく、心の中も清められて、初めて茶室に入ることが
できる。身も心も清めることにより、茶室という別世界に足を踏み入れた瞬間から現実社会の時間の概念から解き
放たれ、無の境地に入るという心境になれる。茶室という限られた空間の中には、厳格に定められた様式が多くあ
るが、完成された茶の湯の様式の中で亭主と客がどう振る舞い合うか、いかに真心を尽くし合えるか、そこに美を見
るのではないだろうか。

扇子の役割について

客は、茶室に入る際、扇子、懐紙、菓子切り、服紗など茶席に必要なものを持参するが、手に持っているのはただ
一つ、扇子のみである。招かれた客は、身を清め、扇子ひとつを持って手に持って茶室に入る。通常扇子は、風を
送ったり扇いだりするものであるが、茶席における用途は全く異なる。茶の湯における扇子には、次の2つの役割が
ある。1つは結界を作ることであり、もう1つは尺度として使うことである。

扇子で結界を作るとは、どういったことだろうか。
通常、茶席で挨拶をするとき、扇子を目の前に置いておじぎをする。茶の湯におけるおじぎは、「真」、「行」、「草」の
3種類に分けられる。一番深々とおじぎをする「真」と、中間の「行」のおじぎをする時には、扇子を前に置いて行う。
これは、扇子を置くことにより相手に対して結界を作り、相手を上座に、自分は下座にへりくだる意味を表している。
また結界は、相手が人だけではなく、物に対しても作られる。例えば、茶室に入り、「床」を拝見する場合がこれにあ
たる。客は、「床」の前で扇子を置き、手をつき、おじぎをした上で床に飾られた掛け軸や茶花、花器、香合等の拝
見をする。扇子より向こう側の「床」は聖域であり、手を伸ばし、その先に置かれている物に触れることはできない。
客は、結界を張ることで、亭主が飾った品々に対して敬意を払うだけではなく、亭主がその品々に込めたもてなしの
心を感じながら、亭主に対しても大きな敬意を払っているのだ。

そして扇子のもうひとつの役割は、寸法を測ることである。茶道具を拝見する際、扇子を前に置き、あらかじめ頭に
入れておいた扇子の寸法を基準として、釜や茶碗等の道具の寸法を推測する。こういった視覚的な理解を深めるこ
とで、茶道具に対する知識を得られると同時に、「亭主がなぜ、今日このときに、その道具を選んだのか」を推測す
るヒントを得ることもできるのだ。茶道具に関する知識があるだけでは、ただ「知っている」だけで終わってしまう。
しかし、その知識を手がかりに、客が亭主の「もてなしの心」を察することができた時、沈黙の中にある優雅なコミュ
ニケーションを味わえるのではないだろうか。

茶室という空間の不思議

茶室は、数人入れば窮屈な思いをすることになる、ごく限られた狭い空間である。客は茶室の中を自由に歩き回る
ことはできず、立ち居振る舞いは大きく制限される。ただでさえ狭い空間にも関わらず、さらに亭主以外は立ち入っ
てはいけない空間がある。それは、手前座と呼ばれる亭主がお手前をする半畳のエリアであり、ここには誰も足を
踏み入れてはいけない、いわば聖域中の聖域である。この半畳の空間を使って、亭主は一期一会の精神で一服の
茶を点てる。
しかし、不思議なことにこの茶室という空間は自在に伸び縮みすることがある。先程述べたように扇子によって意図
的に結界を作り、相手を上座に置くことは、空間を区切ることではあるが、同時に両者の心をつなげるものにもなる。
亭主と客の呼吸が合い、そこに美を見出した時、茶室は宇宙空間のような無限な広がりを見せる。
限られた空間を様々な配慮や工夫で無限に伸び縮みするものに変えてしまう日本人の空間の捉え方は、独特であ
る。茶室という空間を、狭い島でたくさんの人が暮らす日本という国土に置き換えると、空間の使い方を工夫すること
によって、日本人独特のコミュニケーション方法が育まれてきたことが推測できる。

おわりに

私の好きなことわざの一つに「親しき仲にも礼儀あり」がある。大切な相手にただ近づくことが愛情ではない。最高
のもてなしをしたいのであれば、まず相手を尊重し、敬うこと。その上で、本当の意味での心の通ったコミュニケー
ションが実現するのではないだろうか。茶室においても、結界を作り、意図して相手との心理的な距離感を出すこと
によって、最善のもてなしができるのだ。
茶室の中で表象されることは、日常生活においてもそのまま適用できる。私は、茶室で礼儀作法や、茶道具の
知識以外にも、心の持ち方によって、より優雅で心の通ったコミュニケーションが行えることを学んでいる。美しい
所作は美しい心から生じる、ということを念頭にこれからも稽古を続けて行きたい。






古代ギリシアの哲学者・ソクラテスに学ぶ「自分磨き術」
2010年3月19日(金)

このたび、他社サイトにて、わたくしの連載コラムが掲載されました。謙虚な姿勢を堅持して、「国際的教養・品格を養いたい人」に
とって参考になるコラムですので、是非、お読みになってください。

『古代ギリシアの哲学者・ソクラテスに学ぶ「自分磨き術」』





「心と心のtuning」について、受講生から素敵なメールを頂戴しました。
2010年3月17日(水)、その2

2010年3月10日(水)のレッスン日記にて、「心と心のtuning」というタイトルで記述を掲載しましたが、その内容について、
M.K.さんから、メールで、素敵なご感想を頂戴しました。

いただきましたご感想は、「よりクオリティーの高い英語コミュニケーション」を考える上で大変参考になる内容でしたので、
このレッスン日記で紹介させていただきたいと思います(本日、ご本人から掲載の承諾を得ました)。


生井利幸先生

こんにちは。昨日は、あたたかいレッスンをありがとうございました。いつもながら、教室を出たと
きは、とてもほのぼのとした気持ちになります。ボイスレコーダーを繰り返し聞いても、あたたか
いご指導に心をうたれます。風邪も良くなられたようで安心致しました。

「心と心のtuning」拝読いたしまして、この”tuning”という言葉が、とても私の心に響きました。

コミュニケーションには、「心と心のtuning」が本当に大事であると思います。音楽サイドから考
えた時、まず個々の楽器のtuning(調律)、パートのtuning、そして、全体のtuning、コミュニ
ケーションにおいても、まず、自身のtuning(調律)が大事であると思います。そして、
相互のtuning(調和)、大勢の中でのtuning、これができたら本当に素晴らしいコミュニケーショ
ンがはかれると思います。

私は、以前お琴を趣味としておりましたが、一の糸の音を音叉でとり、その音から二〜巾(13番
目)の音を合わせていくtuning、研ぎ澄まされた感覚の中でtuningが終わったときは、澄んだ
きもちになります。そして、はじめて、稽古、演奏にとりかかります。

合奏の場合は、他の演奏者とのtuning、他の楽器とのtuning、まさに、楽器を通したコミュニケ
ーションでもあります。また、三弦の場合は、演奏前のtuningはもちろん、途中で微妙にずれて
くる音のtuningをしながら演奏を続けます。

人間の心と心のコミュニケーションは、むしろ、三弦のtuningに近いかもしれません。微妙な
バランスをtuningしながら、心と心のtuningが保たれていくと思います。

イングリッシュヒルズにおいては、まだまだ日が浅く、精一杯のレッスンですが、もう少し心に
余裕ができ、真の意味での生井先生とのtuningが自然にでき、地道なpracticeができたなら、
英会話も自然に上達できるに違いないと、自分なりに夢を描いております。今後とも、どうぞよろ
しくお願い致します。

では、また、来週のレッスンを楽しみに、日々、学習いたします。

春は楽しみでもあり、忙しい季節でもあります。どうぞお体にお気をつけくださいませ。



いつもあたたかく、楽しい、生井先生へ

感謝と尊敬をこめて
M.K.






さらに昨日、レッスンにて、受講生が素晴らしい発表をしてくれました。
2010年3月17日(水)

昨日、T.A.さんは、受講生用リーディング・アサインメント(宿題)である今回の課題、「culminationという経験」について長い期間を
通して自分なりに思索し、その考えについてノート(以下に掲載)にまとめ、私の目の前でそれを発表してくれました。

T.A.さんは、昨日のレッスンで、これまで一年間強かけて学習してきたテキストを終了しました。テキストを終了するにあたり、
私が2冊目のテキストの説明をしようとしたら、T.A.さんご本人から、「自分の夢をしっかりと実現したいので、もう一度、同じテキス
トをやり直したい」という旨のご希望をうかがいました。

この、「同じテキストをもう一度やり直したい」というご希望の趣旨から読み取れる<真摯な学習の姿勢>から感じ取れることは、
T.A.さんは、今、着々と自分の夢の実現のために、”極めて地に足の着いた方法”で、一歩一歩前進しているということです。

以下において、昨日、T.A.さんが見せてくれた<一週間分のノートの一部>をご紹介します。


<1> 「culminationという経験」についてのノート








<2> レッスン復習用のノートの一部



















深い思索を通した「受講生の素敵なノート」が続いています。
2010年3月16日(火)


今回は、S.H.さん、そして、T.N.さんがノートにまとめてきてくれた内容をご紹介します。

S.H.さんのノート>




<T.N.さんのノート>







心と心のtuning
2010年3月10日(水)

英語のtuningという言葉は、日本語では、「調和、調整、調律、同調」などの意味に相当します。このチューニングという言葉は、
主に、音楽において使われる言葉ですが、これは、「人と人との会話」においても重要となる概念です。

"So many men, so many minds."(十人十色; 人はそれぞれ異なる)という諺の如く、人間は皆、それぞれ異なる性格を持ち、
個人によって、興味の対象もそれぞれ異なります。

しかし、人は皆、性格も興味の対象もそれぞれ異なるからといって、人とのコミュニケーションにおいて「他者との共感・
相互理解」を得ることを諦めてしまうと、それ自体が、「人生における人間関係の幅」を著しく狭めてしまう大きな要因となってし
まいます。

人のコミュニケーションの行く末をどのようにしていきたいか、それはまさに、この、「他者との会話におけるチューニングをどの
ようにしていくか」という問題にダイレクトに関係しているものです。

私自身、イングリッシュヒルズでの英会話レッスンにおいて、常に、受講生とのより良いチューニングを図るべく、一つひとつのレッ
スンにおいて、できる限りの工夫を凝らして会話を進行するべく、<大きな喜び>を持って、最大限のエネルギーを注いでいます。

言うまでもないことですが、より良い英語コミュニケーションを図る上でその基盤となるべきものは、

   「まさに、”今現在”、目の前にしている相手と心と心のチューニングを図ること」

です。講師の心の中、そして、受講生の心の中でも、お互いの間において、「心と心のチューニング」が実現されたレッスンこそ
が、「最も実りあるレッスン」となると私は考えます。

私は常に、「自分の心」と「受講生の心」のより良いチューニングを望んでいます。それ故、私は、常に、レッスンにおいて、受講生
の皆さんからどのような話が出てもいいように、「心の準備」をしています。一つひとつのレッスンをどのようにしていくかは、まさ
に、「講師の心」と「受講生の心」のチューニングにかかっているといえます。

今回は、この「チューニングの重要性」を考える上で、是非、こちらも熟読してみてください。

「引出しを開ける知恵」を養う人が、教養人(cultured person)として自分を磨くことができる





海外出張先でもレッスンの復習をし続ける受講生・A.I.さん
2010年3月4日(木)、その2

本日、受講生・A.I.さんが、ニューヨーク、ウルグアイ、パラグアイから帰国し、レッスンにて現地の様子を詳しくうかがいました。

A.I.さんは仕事で海外に行くことが多いですが、常に、シャープなアンテナを張っているA.I.さんは、訪れた先々で様々な気づきを
得てきます。A.I.さんは、今回も、訪問先で、多様な経験をし、さらに、国際的な見識の幅を広げてこられました。

A.I.さんは、今回の出張の期間も、毎日、イングリッシュヒルズのレッスンを録音したボイスレコーダーを聞き、テキストの音読の
練習をしてきたそうです。滞在先が日本でも、海外でも、英会話の習得は、結局のところ、「やるか・やらないか」です。

<大人の常識>として、このことを良く理解しているA.I.さんは、今、確実に、ご自分の英語力のアップグレードを図っています。





英語で夢を見るための効果的なアイディア
2010年3月4日(木)、その1

先日、レッスンにて、ある受講生から、このような話を聞きました(この方は、毎回の60分のレッスンすべてをボイスレコーダーで
録音しています)。

   「私は、通勤時間を利用して毎日、ボイスレコーダーを聞いていますが、それに加えて、寝る前にも、同じ内容の音声を聞い 
   ています。寝る前にボイスレコーダーを聞いていると、聞きながら寝てしまうこともあるのですが、それが大変いい勉強になっ
   ています。寝る前、あるいは、聞きながら寝てしまうと、レッスンの内容が夢に出てくるのです。夢の中で先生の英語を聞く 
   と、その英語を忘れることはありません・・・・・。」

私は、受講生からこの話を聞き、この方は、非常に効果的な学習方法を実践していると感じました。

英語は、「印象」(impression)で覚えるもの、イングリッシュヒルズのレッスンは、この考え方をティーチングの基盤の一つとし
て行われていますが、先のお話は、まさに、この考え方に該当する考え方です。

昨日、偶然ですが、私は、寝る前に、マイケル・ボルトンのバラードを聴いていました。久しぶりに聴いたマイケル・ボルトンです
が、昨晩は、就寝中、夢の中で、マイケル・ボルトンが私の目の前で歌を歌っていました。

寝る前の経験が夢に出てくるということ、イングリッシュヒルズの受講生の皆さん、是非、ご参考にしてみてください。ポイント
は、「どのような工夫で、レッスンの復習を効果的に行うか」ということです。



先日、自宅のバルコニーで綺麗な花が咲きました。
外はまだ寒いですが、春の訪れを感じる季節となりました。





受講生のノートとプレゼンテーションのご紹介
2010年2月27日(土)

今週も、相変わらず、空き時間のない日々が続きました。本日、土曜日は、通常レッスンの他、原稿の執筆、雑用などで時間が
過ぎ去りました。本日は、すべてが終了後に自宅に帰りましたが、まだ、熱心な受講生の皆さんの素敵なノートのご紹介の編集
作業が終わっていなかったため、夜に再度、銀座書斎に戻り、このレッスン日記の編集作業をしています。日々のレッスンにおい
て、受講生の皆さんから、「毎日、レッスン日記を楽しみにしています!」という言葉を頂戴していますので、可能な限り、時間を
捻出して、レッスン日記を更新していく所存です。

今回は、早急に、三人の受講生の皆さんの素晴らしいノートとプレゼンテーションをご紹介します。受講生の皆さんは、それぞれ、
自分なりに一生懸命にノートをつくり、英語で、「非常に価値ある思索」を試みています。


<1> Y.K.さんのノート
       *講師がレッスンで話した「プロフェショナリズムの定義とその道のり」についてのまとめ






<2> H.K.さんのノート
       *culminationについて




<3> Y.B.さんがレッスンで行った「生け花についてのプレゼンテーションの原稿」


History of Ikebana

Ikebana, a Japanese flower arrangement, is one of the Japanese traditional arts to express
and create beauty with human's feelings using natural materials such as flowers, plants and
trees.

According to the Japan Ikebana art association, there are more than 300 schools (Ryuha)
are registered now. The oldest school is "Ikenobo" which is originated in Muromachi
period.

The truth about the origin of Ikebana is unknown. But it is thought to have come to Japan
as part of Buddhist practice. Others say that from animism. The ancient people in the pre-
Buddhist times, Japanese used evergreen trees and flowers to invoke nature gods and
claim that this practice is at the heart of secular ikebana.

Whatever the truth of these theories, I think that we Japanese have been feeling and
watching something beauty inside the mother nature; flowers, plants and trees, since the
ancient times.


What is Ikebana for me?

I usually arrange flowers in the morning. In front of the plants using cold but fresh and
clean water in the morning, I can spend quite a valuable and joyful time on the beginning of
the day with plants. I can concentrate on for myself, talk with them quietly, then I feel
that my imagination is extending limitless. I arrange them in a certain area, but it is also
an infinite space for me.

Each plant has its own expression. All plants are different in shape and grow little by little
same as us, human beings. I never make exactly same arrangement again. Through the
Ikebana, I always realize that nothing is same so that I try to live enthusiastically for each
moment in my life.

I think that it is reflect myself. It is the way to express inside of myself, express my heart,
my feelings, my joy, using my imagination.

I always thank to the Mother Nature when I am in front of the flowers. That is one of the
happiest moments in my life.


  Reference data:
  ・Sogetsu Textbook 1-2(Sogetsu Foundation, 2008)
  ・Website of Sogetsu (http://www.sogetsu.or.jp/ February 22, 2010)






素晴らしい学習意欲を見せてくれる受講生の皆さんのご紹介
2010年2月23日(火)

先週末は、東京国際フォーラムで行われたシカゴのコンサートに行ってきました。シカゴのコンサートは、私自身、ニューヨーク、
東京などで、十数回は行っているコンサートですが、先日は、色々な意味合いで本当に感慨深いひと時となりました。

さて、本日は、3人の受講生をご紹介します。まずお一人目は、A.U.さんをご紹介します。

A.U.さんは、先日、ハワイ旅行から帰国され、レッスンにて現地でのご経験を詳しく教えてくれました。

A.U.さんは、現在、銀座書斎近くの会社に勤務されており、ご自宅の品川からは、毎日、スクーターで通われています。学生時代
から、スポーツに熱中していましたが、現在は、ブラジリアン柔術に励んでいます。毎回のレッスンでは、非常に熱心に英会話を
学んでおり、「スポーツを愛する、非常に礼儀正しい紳士」の方です。今回のハワイ旅行では、イングリッシュヒルズへのお土産と
して、ハワイ産のパイナップル・ワイン、コナ・コーヒー、チョコレート(ハワイアン・キング)をいただきました。

A.U.さんは、今、イングリッシュヒルズで英会話を学ばれていることを最愛のガール・フレンドには内緒にしているそうです。当分の
間は、「自分自身との闘い」として、(自分に厳しく)英会話を集中的に学び、「自分で納得のいく会話力を養ったら、ガール・フレ
ンドをびっくりさせる」という旨をうかがっています。

私は、A.U.さんの言動から、

  「ものを学ぶということは、<勉強をしているという”形”そのもの>が大切なのではなく、
  結局は、<自分自身とどのように闘うか>ということが重要な問題なのである」

という、”極めて真摯な姿勢”を感じています。このような観点を踏まえ、私自身、今、A.U.さんの今後の学習の成果を楽しみにし
ながらレッスンを行っています。




加えて、再度、「特講・国際的教養・品格を備えた”英日バイリンガル”への道」 culminationという経験について、この数日間に
おいて受講生がノートにまとめてきた素晴らしいノートをご紹介します。他の受講生の皆さんにとっても、非常に参考になる内容で
すので、是非、お読みください。

<1> M.U.さんのノート




<2> H.S.さんのノート







受講生Y.B.さんがレッスンで発表した「プロティノスの理論について」
2010年2月19日(金) その2

受講生・Y.B.さんは、長くイングリッシュヒルズで学ばれており、わたくしが執筆した哲学書、「人生に哲学をひとつまみ」を丁寧に
読まれた方です。

Y.B.さんは、昨日のレッスンにおいて、わたくしが、先日、公式サイトに発表した記述、「新プラトン学派の創始者、プロティノスの
理論」についてプリントアウトし、一週間かけて、頗る丁寧にノートにまとめてきました。今回は、それに加え、その記述についての
自分なりの考えについて<英語エッセー>として作成し、レッスンにて英語で発表してくれました。

Y.B.さんは、カナダに留学された経験、その他、諸外国に滞在経験があり、長年、外資系企業でバリバリと働いてきた経験をお持
ちの人です。Y.B.さんは、そのような国際的経験と力量をスマートに活用し、このたび、大変素晴らしい発表をしてくれました。

以下にて、発表していただいたエッセーをご紹介致します。

生井先生、

こんにちは。昨日は、どうもありがとうございました。昨日のレッスンで発表した「プロティノスの
理論」について送付いたします。

プロティノスの理論は難解で、もちろんすぐに理解できるものではありませんが、生井先生の書
かれていた内容を基に、自分なりに調べて思索をすることができ、この1週間はとてもいい時間
を過ごせたように思います。

今後ともよろしくお願いいたします。

Y.B.



What is life for us?


What is the meaning of the theory of Plotinos for us? What is his message?

I am wondering why Mr. Namai choose this topic.

It seems that he warned us to think about inside of ourselves deeply. We are in the
material world. It is quite a convenient society for all of us. There are a lot of information,
so many materials, physical pleasures, and easy success. We can see them everywhere.
As for the way of communication with other people, we can easily find and know many
people through the Internet all over the world. But it might cause the lack of
consideration for others.

What is life for us?
Is it the pursuit of material success?
Is it so easy?

I think that it is easy for us to live in this society without thinking about these questions.
And actually, a lot of people do so. But, why so many people feel a deep sense of
loneliness even though they know a lot of people and have enough money to live?

I think that there is a hint in the theory of Plotinos for us. By learning his idea, we can try
to think about it from a different point of view.

We are the existence to pursue happiness and pleasure. But we should not forget about
that we are rational existence in this world.






受講生・M.K.さんから、"culmination"についての記述をいただきました。
2010年2月19日(金)

今朝、さらに、受講生・M.K.さんから、メールで、大変素晴らしい"culmination"についての文章をいただきました。今回は、日本語
でも心温まる文章を頂戴しましたので、メールの日本語の文章と共に、英語で書かれた"culmination"についてのM.K.さん
の思索についてご紹介致します。

M.K.さんが書かれた英文のculminationについての思索は、英会話学習者にとって大変参考になる内容です。"There is no
easy way anywhere." 「英会話の習得において、簡単な方法など、どこにもない。」(あるのは、常に、毎日の学習と
練習の積み重ねである。)という考え方を再認識する上で、極めて参考になる内容です。


生井利幸 先生

こんばんは。

今朝は雪で寒かったですね。先生は、朝早く銀座書斎にいらっしゃるので、たくさん降っていた
時ではなかったでしょうか。昨日はレッスンありがとうございました。素晴らしい時間を過ごすこと
ができました。

背中の痛みはいかがですか? ずっと前の(公式サイトの)銀座書斎日記で、「ある日、突然、
痛みが出て・・・・・」とあり、でも、もうすっかり良くなられたと思っておりました。最近の日記で、
「普通の痛み」というのを目にした時、とても驚きました。そんな中、私たち受講生に、あたたか
く、エネルギッシュにご指導くださり、ありがとうございます。私たち受講生は、当然のことなが
ら、先生以上に、エネルギッシュに勉強しなければ、ばちがあたりますね。

私は、毎日ボイスレコーダーを持ち歩き、イヤホンでいつも聞いております。ずっと聞いていると、
温かいものを感じ、じーんとしてきます。まだ、スタートして1ヶ月半ですが、私自身本当に変わっ
たと思います。今まで、他のスクールで英会話のレッスンを受けても、レッスンに関連づけて他
のことを勉強したり、調べてみたりということは一切ありませんでした。また、レッスンの復習もし
たことはありませんでした。しかし、イングリッシュヒルズで勉強を始めてからは、「こんなふうに
勉強していかなくては、決して身に付かない」ということもわかってきました。ありがとうございま
す。これからも、少しずつ勉強の仕方もわかってくると思います。

京都はとても良かったです。レッスンではまだ英語でいろいろ話すことができませんが、私にとっ
ての京都も、とても印象深く、清水寺では、静かに考え、「生井先生だったら、ここでどんなことを
お考えになるのだろう」と思ったり、比叡山では、うっすらと積もった雪にうっとりしてしまい、寒さ
も感じないくらいでした。比叡山には、改めて、2泊3日くらいで行ってみたいと思います。寒いで
すが、また冬に行ってみたいと思います。夏や春もいいのでしょうか。

話は変わりますが、culminationについて、まとめてみました。私の英語で、先生にどれだけわ
かっていただけるかわかりませんが、勉強のつもりで、英語で書きました。添付いたしますの
で、どうぞよろしくおねがいいたします。

では、また、来週のレッスンも、よろしくお願いいたします。毎日寒いですので、お体にお気を付
けくださいませ。のども大事になさってくださいね。背中も良くなりますように。


いつもあたたかい 生井先生へ 感謝をこめて
M.K.



About Experience of Culmination


I have been thinking about "culmination" for a long time, since I read the writing of
"Namai sensei" on website.

What a "culmination" is. Have I felt "culmination"so far? I have been thinking about it.
Answer is "no". The reason is obvious and easy. I have been always walking an easy way.
I have always chosen an easy way.

When I took my entrance examination of university, school I chose was to major in
Japanese literature. Because I thought English literature is maybe difficult (but Japanese
literature was also difiicult). That's a stupid thinking. My life has been always like that
without difficult way.

I think I do something if I did hard, if it's result of effort, It is "culmination" even it's a
small step. If I choose an easy way ,it is not "culmination"even if it's a good result.
Because strong spirit and effort is the minimum prerequisite.
 
So I need change myself. This is an important thing. I need an effort to do something.

Now I can do it little by little, because I have a big dream. It is a "becoming an elegant
billingal lady myself." I can practice and practice hard with "Namai sensei".

"Namai sensei" taught me as follows:

  "There is no easy way anywhere."
  "There is no shortcut"
  "There is a difficult way."
  "Fight myself and my weakness."

And then I will have experience of "small culmination"step by step. I say to myself " Never
give up until I catch the big dream."





受講生T.K.さんの「素晴らしい思索」との出会い
2010年2月18日(木)

昨日、さらに、受講生が書いたculminationについての大変素晴らしい文章を読むことができました。受講生・T.K.さんは、このた
び、「特講・国際的教養・品格を備えた”英日バイリンガル”への道」 culminationという経験を熟読し、自分なりに深い思索をし、
思索を通して得た「気づき」について、以下のように、丁寧にノートにまとめてきました。

私は、T.K.さんのこの文章を読んでいるとき、私なりにではありますが、実に、色々と感じました。文章の流れから、

   1)「T.K.さんは、客観的に世の中を概観した上でculminationについて述べているということ」、
      そして、
   2)「極めて謙虚な姿勢でご自分を回顧し、人生を生きるということは、べつに他人との勝負をするということではなく、
     一にも二にも、”自分自身との闘い”である」

ということが読み取れます。

深い思索を通して書いた文章は、実に、読みごたえがあり、また、そこには、読み手にとっての「学び」もあります。

自分の能力を過信し、傲慢に生きることは実に愚かなことですが、T.K.さんの文章は、この「人間の”愚かな側面”」をも読み手に
教えてくれる”価値ある文章”です。「謙虚な姿勢の中にこそ、”尊厳”を生む源泉がある」、T.K.さんの文章は、このことを教え
てくれる素晴らしい文章でした。

「私は何でも知っている」「「私は何でもできる」というような傲慢な姿勢がいかに愚かな姿勢であるかという考え方は、古代ギリシ
ア時代において明確に述べられています。今回は、是非、こちらも熟読してみてください。








現在、受講生の皆さんと、culminationについてのお話が続いています。
2010年2月16日(火)

現在、受講生の皆さんの間で、先日アップした記述、<受講生用リーディング・アサイメント>「特講・国際的教養・品格を備えた
”英日バイリンガル”への道」 culminationという経験について、大変素晴らしいご感想・ご意見等をいただいています。

現在、受講生の皆さんは、この記述を参考にして自らの力で深い思索を試み、自分なりにノートにまとめてきています。ノートに
まとめる際は、英語でまとめるのが理想ですが、結局のところ、一番大切なことは、

   このculminationについて自分なりにしっかりと思索し、
   この考え方を参考にして自分を高めていくこと

です。そうした観点から述べられることは、自分なりの意見をノートにまとめるときには日本語で述べてもいいと私は考えます。

去る2010年2月2日(火)のレッスン日記においては、このような受講生からのご感想もいただいております。自分自身の英会話
学習を洗い直す上で大変参考になる内容ですので、まだ熟読されていない方は、是非、熟読して、自分なりに<心の整理>をし
てみてください。そうすることで、きっと、今後の学習における大きな糧になると思います。





受講生・M.K.さんとの「心豊かな時間」
2010年2月10日(水)

M.K.さんは、毎回、一つひとつのレッスンを本当に丁寧にお受けになっています。M.K.さんは、レッスンにおいて、英語で、講師と
心で会話しています。

心で会話するということ、それは、決して「・・を知っている」という知識を披露するための会話でなく、「お互いに、心と心を行き
来する温かい時間を持つことを精神基盤とする”心のコミュニケーション”」を指します。

M.K.さんは、講師にしっかりとご自身の心を預け、毎回、「同じ心のステージ」に立って話をしています。イングリッシュヒルズの
レッスンの最大の特徴は、

   受講生が講師に心を預け、「心と心の会話を楽しむ」ということ。

   「心と心の会話」を楽しんでしまえば、
   英語の発音・アクセント・イントネーションは会話を楽しんでいるうちに自然とマスターし、
   それと同時に、国際的教養・品格も少しずつ養っていくことができる

という点にあります。

ここで述べるまでもないことですが、「教養」「品格」は、機械的にテキストの英語表現を暗記するだけでは、到底、養うことはでき
ない代物です。「教養」「品格」は、迎える一日一日を大切に捉え、迎える一時一時において、「豊かな心」でしっかりと刻みなが
ら、少しずつ養っていくものです。

M.K.さんは、面談の際においても、そして、レッスン・スタート時から現在に至るまでのすべての時間的空間において、上記の
精神を実践してきました。M.K.さんが、一体どうしてイングリッシュヒルズの最初のレッスンからそのような精神を理解し、固い決意
を持って講師と共に前に進んできたかという理由は、講師である私にとっては”極めて明白”です。

その理由は、M.K.さんご自身が、これまでの人生経験を通して、

   「生きることは難しい」、
    そして、
   「言語が何語であっても、人とコミュニケーションを図ることは決して簡単なことではない」

ということをしっかりとご理解しているからです。

物質社会に生きていると、人間は、しばしば、他者に対して、そして、事物に対して感謝する心を忘れてしまいます。この世の中に
は、物質的に豊かでも、心の中が貧しい人もいます。そうした社会風潮の下、イングリッシュヒルズは、常に、「心を重視する
英語コミュニケーション」を目指して、日々、講師一人で、すべて、プライベートレッスン(完全個人指導)として、受講生お一人
お一人に対して真心を込めてレッスンを行っています。

イングリッシュヒルズには、現在、「テキストだけ教えてくれればそれでいい」「発音だけ綺麗にしてくれればそれでいい」という
狭い了見で受講している人は一人もいません(実際、そのような狭い了見で英語を学んでも、英語が身に付くことはありません)。
イングリッシュヒルズでは、すべての受講生が、「豊かな心」を備えて、常に、心ある国際コミュニケーターとして成長するべく、
謙虚に、そして、華麗な心でレッスンを受けています。

現在、M.K.さんとの60分のレッスンは、<”60分”の物理的空間>という平坦な空間ではなく、お互いの誠意で構築した
「華麗な心のステージ」を基盤として、様々な文化的・知的空間において”心の旅”を楽しむ場となっております。




M.K.さんは、講師がレッスンで話した"Life is difficult."(”生きる”ということは難しい)を、以下のようにノートに丁寧にまと
めています。

英語は、「ダイナミックな印象」を通してマスターするもの。M.K.さんは、レッスンにおいて、ご自身の心の中で、「印象」に「印象」を
重ねて、一歩一歩、確実に前に進んでいます。









心存在の英語を話す
2010年2月8日(月)

"Time flies."(光陰矢の如し)・・・・・、この諺のように、時間は容赦なく過ぎ去っていきます。

先週の土曜日(6日)は、私の誕生日だったのですが、この週末は、人の温かい心に包まれて、本当に素晴らしい週末を過ごすこ
とができました。

その中の一つ。・・・・・先週は、土曜日に先立ち、金曜日に、受講生・M.U.さんから、バースデー・プレゼントとして、フランス産の
美味しい赤ワインをいただきました。このたび、特に嬉しかったことは、趣向を凝らしたオリジナルのラベルが張られたボトルをいた
だいたことです。

このたび、M.U.さんから温かい思いが込められた素敵なプレゼントをいただきましたが、その「温かい心」は、私自身、毎回、一つ
ひとつのレッスンにおいても、私自身の心の中で、しっかりと感じ取っています。

M.U.さんは、「英語は心で話すもの」というイングリッシュヒルズの考え方を十分に理解している方です。英語は、より良いコミュニ
ケーションを図るための道具(tool)。英会話の学習においては、機械的に、”上辺だけの知識”を詰め込むだけの学習方法では何
ら意味を成すものではなく、何よりも先んじて、まず第一に、英語を話す際において、お互いに、「温かい心」で接するというスタン
スが必要不可欠であると私は捉えます。

私は、日本の英会話教育における「負の側面」の一つは、「英語を扱う際において、話し手と聞き手の心がしっかりと挿入されて
いない」という点にあると考えます。

言うまでもないことですが、話す言語に、「話し手の心」が挿入されていなければ、その言語が、”意気揚々とした形”で輝くことは
ありません。人の心を掴む英語を話すには、まず第一に、英語に心を挿入するということ。そうすることで、発する英語が輝き、
人の心も掴めるようになります。

「心存在の英語を話す」、私の教室では、常に、このことを主眼としてレッスンを行っています。







日々、熱心な学習意欲を見せてくれる受講生・A.I.さん
2010年2月5日(金)

このたび、受講生・A.I.さんが仕事でオーストラリアにご出張され、帰国後、レッスンにて現地での様子を詳しくうかがいました。

商社勤務のA.I.さんは、業務上、海外とのやり取りが多いため、常に、英語コミュニケーション力をアップグレードすることに全力を
尽くしています。先日はオーストラリアに行って来たばかりですが、今月末からは、ウルグアイとパラグアイに行かれるそうです。
今回の出張はニューヨーク経由となるため、ニューヨークに一時滞在し、マンハッタンを満喫してくるというお話をうかがっておりま
す。

A.I.さんの職場では、他の方々も英語は日常茶飯事に使っているようです。A.I.さんは、そうした国際的環境において、自分自身の
国際コミュニケーション力をさらに改善するべく、イングリッシュヒルズのレッスンを非常に熱心にお受けになり、レッスンとレッスン
の間においては、時間を惜しんで詳細にわたってレッスンの復習に取り組んでいます。

日々の努力が確実に実り、A.I.さんの英語力は劇的に向上し、現在、さらに自分に磨きをかけるべく、熱い学習意欲を講師に見せ
てくれています。

下の写真は、オーストラリアのお土産としていただきました赤ワインです。お酒の中でも特に赤ワインが好きな私は、自宅にて、
その日の夜にいただいてしまいました(笑)。

今は、先程、早朝レッスンが終わり、サイフォンで濃いコーヒーをいれ、モーツアルトのレクイエムを聴きながらこの日記を書いてい
ます。本来、ヨーロッパでは、レクイエムは特別の日に聴く音楽ではありますが、私自身の音楽解釈におけるモーツアルトのこの
曲は、「”人間の尊厳”について哲学する」という観点から、聖なる雰囲気の下、人間の「生」と「死」の意味について厳粛に思索
するときの友として捉えています。

現在、イングリッシュヒルズのすべての受講生は、日々、本当に自分なりに一生懸命に生きておられる素晴らしい方々です。
実際、受講生の皆さんは、職場では、相当な忙しさで働いています。しかし、どんなに忙しくても、毎日、「品格のある、エレガント
なバイリンガル」になることを目指して、レッスン受講に加え、毎日、レッスンの復習に全力を尽くしています。

今、私は、そうしたすべての受講生の「生」の尊さを面前にし、”極めて厳粛な心持で”モーツアルトのレクイエムを聴き、人間の
「生」(生きるということ)について思索しています。







先日の記述・「culminationという経験」について、受講生から素晴らしいご感想をいただきました。
2010年2月2日(火)

先日、当ウェブサイトにて掲載しました<受講生用リーディング・アサイメント>「特講・国際的教養・品格を備えた”英日バイリンガル”
への道」 culminationという経験について、受講生のY.B.さんから、素晴らしいご感想を頂戴致しました。

Y.B.さんからいただきましたご感想は、より確実な英会話習得法を知る上で大変参考になる内容でしたので、今回は、Y.B.さんに
ご相談し、このたびのご感想をこちらでもご紹介させていただくことにしました。

生井先生、

こんにちは。

先日、サイトに掲載された『culminationという経験』を拝読し、私なりに感じたことを述べさせて
いただきます。

ある専門分野において顕著に秀でることは並大抵のことではなく、その次元の“culmination”
は私の想像をはるかに超えるものだと思います。

もちろん私の英会話学習とは比べようもないものですが、『culminationという経験』には、日々
の気持ちの置きどころである「精神基盤」をどのように築き上げていくかについて大きなヒントが
隠されているように感じました。

先生は常々、レッスンにおいて次のような表現を通じて、日々の努力の積み重ねの重要さを示
して下さっています。

   “Practice makes perfect.”
   “To continue is big power.”

レッスンをただ受けているだけでは、どんなに素晴らしいレッスンでも英語は自分のものにはな
らないのは、当然のことです。次回のレッスンまで一週間かけて地道な復習をすることは簡単
なようで、実は、「自分との大きな戦い」でもあります。

でも、ふと聞き取れなかった単語が聞き取れるようになったり、先生の発音やアクセントを真似
できた気がしたり、時には、レッスンで読みの復習をした後に、先生が、「たくさん練習しました
ね!」と一言おっしゃってくださったりすると、とても嬉しい気持ちになり、大きな励みになりま
す。

こういったことは、私にとって“小さなculmination”のように思えます。この“小さなculmination”
の積み重ねを意識するかどうかが、強い精神基盤を築くことにもつながるのではないでしょう
か。

・・・うまくまとまらなかったのですが、数多くの辛苦とculminationを経験されてきた先生に学べ
る幸せを、改めて感じました。

生井先生の“情熱的”で“エレガント”なレッスンは、他では決して味わえない貴重なものです。
(先生のレッスンを受けている受講生であれば、みなさん同意すると思いますが・・・!)

そのレッスンを無駄にすることのないよう私自身、強い意志を持って臨みたいと思います。

今後とも、ご指導の程、よろしくお願い申し上げます。






受講生・Y.T.さんからうかがった「札幌での大切な気づき」
2010年1月30日(土)

本日は、通常レッスンの他、北海道・札幌から”素敵な紳士”が銀座書斎を訪問しました。受講生・Y.T.さんは、これまでの間、
長く、イングリッシュヒルズで英会話を学んでこれられましたが、現在、仕事の都合上、数ヶ月の予定で札幌に滞在しています。

札幌における生活のご様子は、しばしば、Y.T.さんのご好意で、メールや写真などでお伝えいただいており、この週末は、こちらに
戻られた際に、銀座書斎にお立ち寄りいただきました。

Y.T.さんは、現在、札幌で仕事をしているため、イングリッシュヒルズのレッスンは、一時、お休みしておりますが、実際には、札幌
でも、1)「レッスンで使用したテキストの音読」、2)「ボイスレコーダーで録音したレッスン内容の復習」など、自分なりの方法で、
これまでレッスンで習ってきた英語を丁寧に復習しているというお話をうかがいました。

特に、今回、Y.T.さんから、

   「ボイスレコーダーで録音したレッスン内容は、ただ単にそれを聞き流すのではなく、
   自分なりの方法でメモを取り、きちんとした形でノートにまとめる復習方法が、より確かな英会話習得法である」

という旨の話をうかがいました。

私自身、毎日、様々な受講生から、ご本人なりの「英語に対する熱い思い入れ」をうかがっていますが、本日は、ダイレクトに、
札幌に滞在中のY.T.さんの英語に対する熱い想いに触れ、大きな感銘を受けた次第です。

本日は、国際コミュニケーションのツールとしての英会話を真心を込めて愛するY.T.さんと、心温まる素敵な時間を共有できたこと
を大変嬉しく思っております。また、このたびは、Y.T.さんの銀座書斎のご訪問に伴い、北海道産のチーズとプリンをいただきまし
た。幸い、明日は日曜日ですので、自宅にて、赤ワインと共に、美味しいチーズとプリンを味わいたいと思います。Y.T.さん、この
場を借りて、心からのお礼を申し上げます。



本日は、もう一つ。

昨日、「特講・国際的教養・品格を備えた英日バイリンガルへの道」を更新しました。今回は、少し、奥の深い内容ですが、
受講生の皆さんにおきましては、時間をかけてじっくりと熟読することをお勧めします。

記述を丁寧に熟読し、自分なりに思索することにより、必ず、「今後の英会話習得における秘策・ヒント」として記述を活用すること
ができます。

<受講生用リーディング・アサイメント>
「特講・国際的教養・品格を備えた”英日バイリンガル”への道」
culminationという経験





受講生・T.A.さんの沖縄滞在
2010年1月29日(金)

先日、受講生のT.A.さんが沖縄に旅行に行かれ、お土産に、沖縄名物のシーサー(獅子)とお菓子をいただきました。

下の写真のように、通常、シーサーは、二匹一緒に飾るものなのだそうです。右のシーサーは口を開いていますが、これは、
「幸せを呼び寄せる」という意味。左のシーサーは口を閉じていますが、これは、「呼び寄せた幸せを守る」という意味なのだそうで
す。

T.A.さんは、レッスンとレッスンの間においては、毎日、精力的にレッスンの復習に励み、それと同時に、イングリッシュヒルズの
レッスン日記等の記述を丁寧に熟読し、それを基に自分なりにしっかりと思索し、常に、「英会話習得を通した自分磨き」にエネル
ギーを注いでいます。今回は、それに加え、沖縄滞在を通して「英会話習得に対する熱い思い」を再確認し、先日のレッスンに
おいて、そのことを話してくれました。

このたび、レッスンにて私の心を打ったことは、T.A.さんが、沖縄での経験について事前に英語でノートにまとめてきたことです。
その努力の甲斐あって、レッスンでは、かなりスムーズに、英語で沖縄滞在についてのお話ができました。

日々の小さな努力の積み重ねが功を奏する、・・・・・私は、このことを、受講生の真剣さから、「確かな実感」として感じ取って
います。







「品格のある、エレガントな英語」への道
2010年1月25日(月)

ご承知のように、英会話道場イングリッシュヒルズは、「品格のある、エレガントな英語」を習得したいと切望する人を対象とする
英会話教室です。

言うまでもなく、この現代社会では、「英会話を習得したい」と望む人の数は、実に星の数ほどいます。しかし、英会話を習得した
いと望んでも、学習が続かず、途中で学習を放り投げる人も、実に、星の数ほどいます。

これまで、私自身、公私共に、様々な英会話学習者と接してきた経験から言えることは、英語の学習を途中で放り投げる人の
典型は、「英語は外国語である」という見識で学習している人です。

普通の教育を受けてきた一般の日本人にとって、英語は、確かに外国語です。しかし、実際、学習者の国籍が日本国籍であって
も、英語を喋るときは、間違いなく、英語は、

   1)「他者とのコミュニケーションの道具」
     であり、それと同時に、
   2)「自分を表現する上での極めて大切な言語」

でもあります。

英語の学習を途中で放り投げる人に共通する点は、「英語を、”借り物”の言語としてしか捉えることのできない人」という点にあり
ます。即ち、英語という言語は、「自分の人生とは遠く離れた海外の言語(海を渡らないと必要でない言語)として捉えてしまう人」
であるということです。

一方、英会話をしっかりと習得する人の典型は、「英語を、”借り物”の言語として捉えず、<自分の言語>として捉える人」です。
英語を学ぶ際において、自分が、「日本人である」「アメリカ人である」「ドイツ人である」「中国人である」「シンガポール人である」
などということは、一切、関係ありません。

ここで、国際的視野に立脚してこの問題について明確に述べるならば、「自分が何人である」ということが大切なのではなく、
「自分は、”一個の個人”として、国際共通語としての英語を自分の言語として使う」という見識を持つことが、英語を習得する上で
最も大切な見識となります。

イングリッシュヒルズの受講生の皆さん、英語は外国語でなく、「自分自身の言語である」という捉え方をしてみてください。そのよ
うに捉えると、自分が何人であろうとも、「英語を乱暴に喋ることが、いかに恥ずかしい行為であるか」、はっきりとわかってきます。

日本人が日本語を喋るとき、日本語を粗末に扱い、乱暴に喋るでしょうか。良識ある日本人であるならば、迎える一日一日におい
て、”社会常識のある日本人”として、「品格のあるエレガントな日本語を喋りたい」と切望するのではないでしょうか。

「品格のある、エレガントな英語」が喋れるようになるためには、一にも、二にも、「自分が接する一つひとつの英語(単語や表現)
について、心を込めて丁寧に喋ろうとする”心構え”」が最も必要となります。

受講生の皆さん、イングリッシュヒルズの英会話レッスンにおいて、日本語を喋るときのように、英語も、心を込めて丁寧に喋って
みてください。そうすると、1)「講師が堅持し続けている英会話教育の理念・考え方」、2)「真の国際人になるための妥当な
方法」、3)「品格のある、エレガントな英日バイリンガルに変貌するためのヒント」など、イングリッシュヒルズのレッスン受講前に
は決して気づくことの無かった、「奥の深い、素晴らしい英語の世界」について、ダイナミックに”実感”、そして、”体感”することが
できます。

講師は、常に、真剣に学ぼうとする人に対して、「地球規模の愛情」で応援しています。レッスンでは、一度に、大きい夢を実現し
ようとするのではなく、毎回のレッスンにおいて、小さなことを、少しずつ、丁寧に取り組んでみてください。真心を込めて、
一つひとつ丁寧に取り組んだ人が、確実に、「品格のあるエレガントな英語」が喋れるようになっていきます。

「近道」は、どこにもありません。日々のレッスンを通して、一つひとつ、心を込めて、丁寧に取り組む人のみが、前に進むことがで
きます。





常にポジティブ思考で、自分磨きに120パーセントのエネルギーを使う受講生T.N.さん
2010年1月22日(金)

T.N.さんは、毎回、極めて真摯な姿勢でイングリッシュヒルズのレッスンを受講しています。T.N.さんは、イングリッシュヒルズで
英会話を学び始める前から、私の本を読んでおられ、面談の際には、ご本人の熱意ある学習意欲、そして、教室のレッスンに対
する熱い想いをうかがいました。

ここからは”一般論”として述べますが、通常、人間が発する言葉には<普遍性>はありません。この広い世の中には、たとえ、
一度、「絶対に英会話をマスターするぞ!」と決意しても、学習が続くのは最初だけの人もいます。最初は熱心に学んでいても、
そのうちに、「楽をしたい」「怠けたい」「イージーな生き方をしたい」と、当初の熱意(初心)を簡単に忘れてしまう人もいます。この
ことは、まさに、「夢や希望を口で言うのは簡単。しかし、それを実行するのは難しい」ということであると思います。

言うまでもなく、当初の決意を堅持し続けるのには、相当の強い意志が必要となります。言うまでもないことですが、英会話習得
の道においては、当初の決意を堅持し、自分が納得するまでやり通した人のみが、「自分を変える」(自分を、エレガントなバイリ
ンガルに変貌させる)という夢を実現させることができます。

「勉強」や「自分磨き」は、結局、「やるか・やらないか」なのだと思います。やればやっただけの成果は出ますが、その反面、
やらなければ、何も変わりません。「短い自分の人生において、どのように自分を向上させたいのか」、それは、結局、他人との
勝負ではなく、自分の「弱さ」との勝負なのです。

T.N.さんは、昨年、イングリッシュヒルズで英会話を学び始めてから、ずっと、努力に努力を重ねてきています。T.N.さんの場合、
レッスンは朝7:00からの早朝レッスン(60分レッスン)ですので、時には、体力的にも、そして、精神的にも大変なときもあったこ
とでしょう。でも、T.N.さんは、常に、レッスン時間ちょうどに銀座書斎のドアーをノックして、礼儀正しく挨拶して入室してきます。

人間は年齢ではありませんが、T.N.さんは、まだ20代後半という若さでありながら、社会常識・モラル意識・マナーなど、あらゆる
点において、本当に”良識ある紳士”です。

T.N.さんは、常に、講師の私に、自分の心を預けてくれています。レッスン中は、表面的な話だけでなく、T.N.さん自身における
プライベートな問題や悩みについても積極的に話をしてくれます。

以下の一枚目の写真は、T.N.さんのレッスン受講風景。そして、二枚目は、宿題用ノートの一部です。T.N.さんは、ボイスレコー
ダーを上手に活用して、講師が話した内容について、毎回、本当に丁寧にノートにまとめてきます。

イングリッシュヒルズでは、テキストの理解だけでなく、講師が独自のロジックで展開する様々な話(ミニ講義)について自分
なりにノートに整理し、そこに登場する英語表現をマスターしようとする受講生ほど、誰よりも速く、最も迅速に英会話を習得
しています。

私は今、T.N.さんの今後の学習の成果が楽しみでなりません。









M.K.さんから、京都・三十三間堂の守護矢をいただきました。
2010年1月21日(木)

先日、受講生のM.K.さんが京都に行かれ、その際に、三十三間堂の守護矢をいただきました。M.K.さんは、日々、弓道をおやりに
なっておりますので、私自身、このたびの「お心遣いの深さ」をしみじみと感じ取りました。

このたび、M.K.さんからいただきました守護矢が、私のみならず、イングリッシュヒルズで英会話を学ぶすべての受講生も守っ
てくれるよう、守護矢を銀座書斎の入り口付近に飾りました。







まさに、”イングリッシュヒルズ・ファミリー”です!
2010年1月17日(日) その2

銀座書斎の昨日は、イングリッシュヒルズの通常レッスンに加え、素敵なご訪問者がいらっしゃいました。

下の写真の向かって右側は、長く、イングリッシュヒルズで英会話を学ばれたM.H.さん(元国際線スチュワーデス)、左は、ご主人
のS.H.さんです。このたび、とっても可愛い赤ちゃんと共に、銀座書斎に遊びに来てくれました。

M.H.さんは、現在、ご家庭で、大切なご主人とご子息のために、温かいご家庭をつくることに専念しています。そして、現在は、
ご主人のS.H.さんがイングリッシュヒルズで英会話を学んでいます。

S.H.さんは、長年、明治維新以降、日本経済をつくってきた大手商社で精力的に働かれてこられ、現在は、イングリッシュヒルズ
で、仕事で必須の英語に磨きをかけるべく、一つひとつのレッスンを本当に丁寧にお受けになっています。

S.H.さんは、土木工学の専攻で大学院を卒業されており、目に見える形で、「健康で文化的な国づくり」を目指し、日々、命をかけ
てビジネスに取り組んでいます。S.H.さんは、近い将来、海外勤務の可能性もあるため、イングリッシュヒルズのレッスンにおける
S.H.さんの熱意は、常に、”不動そのもの”です。

”良識ある国際派紳士”であるS.H.さんは、レッスンにおいて、常に、講師に心を預け、「国際コミュニケーションの真髄」を追求し続
けています。S.H.さんご家族のご多幸を心よりお祈り致します。



このたび、S.H.さんご夫妻から、美味しいお菓子とうどんをいただきました。いつもながら、温かいお心に感謝するばかりです。







受講生・M.U.さんがノートで表現した「心を基盤とする英会話」
2010年1月17日(日) その1

先週の金曜日のレッスンにおいて、まさに、イングリッシュヒルズの英会話教育の根本精神を表現するノートを拝見しました。心を
大切にするイングリッシュヒルズの英会話について、受講生・M.U.さんが、わかりやすくノートにまとめてこられました。

イングリッシュヒルズの受講生であれば、「ノート後半の絵」がどのような意味を成しているのかということは、今更、説明するには
及ばないと思います。







「高い問題意識」と「自分磨き欲」をお持ちの受講生、G.N.さんとM.K.さんとの心温まる交流
2010年1月13日(水)

昨日のレッスンでは、受講生・G.N.さんから、帰省先からのお土産、なんばん往来(ラズベリー)をいただきました。G.N.さんは、
毎回、本当に熱心にレッスンをお受けになっています。

G.N.さんは、アメリカ、ヨーロッパなど、日々、海外の企業との折衝・交渉を行っており、現地に頻繁に出張しています。ご専門は、
化学であり、G.N.さんは、ご自身における高度な専門知識を基盤として、幅広く、海外企業とコミュニケーションを図っています。

講師としての私の所見としては、最近、さらに、お互い、<同じ心のステージ>において会話が展開されているという確かな実感
があります。講師と受講生が<同じ心のステージ>に立って会話をすると、受講生の英語力は、よりスピーディーにアップグレード
していきます。

もうお一人の受講生・M.K.さんは、今月からレッスンをスタートしました。今朝は、M.K.さんから、Godivaなどのチョコレートをいただ
き、早速、G.N.さんからいただいたお菓子と共に、朝のブレークにいただいています。

M.K.さんは、日本文化に造詣が深く、琴をお弾きになります。学生時代は、日本文学をご専攻され、それ以来、日本の文学・
文化・芸術等を愛し続けてこられました。また、スポーツは、弓道もおやりになります。

また、M.K.さんは、イングリッシュヒルズのウェブサイトのみならず、日々、わたくしの本サイトである<生井利幸公式サイト>もお
読みになっており、レッスンでは、公式サイトにおけるプリントアウト済みのエッセーもお見せいただきました。落ち着いて文章を
しっかりと読むために、インターネット上ではなく、「”実際の紙”にプリントアウトして時間をかけて丁寧に熟読したい」という旨をう
かがい、M.K.さんの自分磨き欲、そして、見識の高さに、私自身、大きく感銘を受けています。

毎日、自分磨き欲の旺盛な受講生と接し、私自身、レッスンで展開される様々なお話を通して、大変貴重なエネルギーをいただ
いています。







「仕事における使命感」を持つと、英語を喋るとき、地に足の着いた方法でしっかりと喋ることができる
2010年1月10日(日)

英語をしゃべるということは、一にも二にも、温かい心で人とコミュニケーションを図るためです。「英語を速く喋るとカッコいいから」
とか、「難しい英語表現を喋って、自分の知識を披露したい」という目的で英会話を学習すると、そのような学習は、いずれは
<行き詰まり>、あるいは、<限界>を見ることになります。

その理由は、そのような学習は、他人との温かいコミュニケーションを目指すための学習ではなく、単に、「自己満足」(身勝手な
利己心の実現)のための学習であるからです。

今、ここで、もう一度、「言語とは一体何のためにあるのか?」について考えてみましょう。

言うまでもなく、この地球上に存在するすべての言語は、人とより良いコミュニケーションを図るために存在します。英語でも、
日本語でも、ドイツ語でも、イタリア語でも、中国語でも・・・・・。

今、私は、この文章を読むすべての読者の皆さんにご提言します。

西洋人に対する憧れから、「英語を喋るとカッコいい」という狭い了見で学習するのではなく、この地球に存する”一人の人間”とし
て、国際共通語である英語を学習してみてください。

真の意味での国際人とは、特に、英語が喋れる人を指すのではありません。世の中には、英語が喋れなくても、常に、他人とのコ
ミュニケーションを大切にし、心温まる交流をしている人はたくさんいます。言語は、何語であっても、より良いコミュニケーションを
図るための道具です。今回は、このことを念頭において、是非、以下の連載コラムをお読みになってください。

連載コラム: Vol. 67 『仕事における使命感』





諸学問の基礎、「哲学」(philosophy)を学びながら英会話習得に励む受講生、K.H.さん
2010年1月7日(木) その2

K.H.さんは、今、イングリッシュヒルズのレッスンを通して、英会話習得、そして、国際的教養を養うべく、西洋・東洋の哲学・思想
を学んでいます。

レッスンそのものは、イングリッシュヒルズの通常の英会話レッスンですが、K.H.さんは、レッスンと平行して、わたくし生井利幸が
著した「人生に哲学をひとつまみ」(はまの出版)を読み進めています。

言うまでもなく、「哲学」(philosophy)は、古代ギリシア時代においてその基礎が築かれ、現代の諸学問、即ち、人文科学、社会
科学、自然科学の基礎でもあります。したがって、哲学をしっかりと学ぶことは、国際的教養を養う上で極めて重要な柱、あるい
は、基盤となります。

K.H.さんは、これまで、アメリカのカリフォルニア州に10回ほど渡航しています。明るく気さくな性格の持ち主ですので、現地では、
これまで、様々な活動を通して英語でのコミュニケーションを楽しんできたようです。お話の中で、「現地の人たちと共に、サルサ・
ダンスも楽しんできた」ということもうかがっています。

K.H.さんは、音楽を専攻され、エレクトーンを弾きます。長年の演奏経験を通して、K.H.さんの「感性」(sensibility)には磨きがかかっ
ています。デリケートな心の持ち主は、日々の生活シーンにおいて、様々なことを感じます。

この「感じる」ということ、実は、英会話習得においては極めて重要な役割を演じてくれます。イングリッシュヒルズの英会話レッス
ンは、ただ上辺だけの言語を学ぶだけでなく、受講生自身がしっかりとした問題意識さえ持てば、言語の学習を通して様々な
「気づき」と出会えるように、講師が懇切丁寧にレッスンを構築しています(このことに気づくか・気づかないかは、受講生ご本人の
教養・見識に委ねられています)。

講師は、レッスンにおいて、受講生それぞれの皆さんに対して、それぞれの個性・持ち味・人生経験に応じたティーチング方法・
話題づくりを行っています。K.H.さんは、「イングリッシュヒルズにおいて、英会話習得に加え、国際的教養を養うための学習に
全力を尽くす」という決意について、講師に対してはっきりと意思表明をしてくれています。私は今、心から、K.H.さんを応援してい
ます。

以下の写真は、K.H.さんが、2010年最初のレッスンで講師に見せてくれた前回のレッスン復習用のノートです。












K.H.さんは、お正月に三重県伊勢市の伊勢神宮を訪問してきました。伊勢神宮では、たくさんの素敵な経験をされてきたようで
す。レッスンでは、英語で、現地での様子をたっぷりとうかがいました。

また、お土産もたくさんいただきました。いただいたお土産は私の好きなものばかりで、K.H.さんのお気遣いに感謝するばかりで
す。







受講生、T.K.さんのパワー溢れる学習意欲
2010年1月7日(木)

新年明けましておめでとうございます。

私の2009年12月31日は、クラッシック音楽のコンサート(ベートーヴェンのすべての交響曲、即ち、第一から第九までのすべて
の交響曲を演奏)で幕を閉じました。コンサートは、2009年12月31日の午後2時から始まり、2010年1月1日、午前1時に
終了しました。

お正月は、2日から仕事(生井利幸事務所の業務)をスタートしましたが、もう既に7日。2日から仕事に取り組んでいるのに、
やってもやっても追いつかない状態です。今日は、やっと、2010年初の「英会話道場イングリッシュヒルズ・レッスン日記」を
アップする時間を持つことができました。

2010年のイングリッシュヒルズのレッスンは、1月4日(月)からスタート。それぞれの受講生が、2010年における第1回目の
レッスンから、もの凄い「やる気」を見せてくれています。

今回は、受講生、T.K.さんのレッスン復習用のノートをご紹介します。T.K.さんは、学生時代から英語との関係が深く、イギリス
留学の経験に加え、アメリカにも親戚があります。そのような理由から、国際コミュニケーションにおける必須の道具である英語を
マスターし、英語を”外国語”としてではなく、「自分の言葉」として喋れるようにしたいという願望を実現するために、昨年、イング
リッシュヒルズのレッスンをスタートしました。

T.K.さんは、クラッシック音楽に造詣が深く、ご自身でピアノも弾かれます。クラッシック音楽はもとより、絵画の鑑賞にも力を入れ
ています。私は、レッスンにて、「芸術に触れると<感性>(sensibility)を磨くことができる」ということをしばしば述べています。
この関連から、私はT.K.さんに、「ボイスレコーダーでレッスン内容を再生するときには、クラッシック音楽を聴くつもりで聴いてくだ
さい」と述べています。講師は、レッスン中、そのすべてのシーンにおいて、極めて注意深く、そして、極めて詳細に、話し方、
振舞い方、話題の選択、英語表現・単語の使い方、イントネーションの上げ下げ、間の取り方、話すスピードなどについて、最も
適切な工夫を凝らすことに務めています。

英語は「生もの」です。生ものである英語について、どれだけの臨場感を醸し出し、受講生にその「深さ」「醍醐味」を味わっていた
だくか、私は常に、このことを考えながらレッスンを行っています。

芸術を愛すると、イングリッシュヒルズのレッスンの「深さ」「醍醐味」を知り、英語を勉強する楽しさが倍増します。T.K.さんは、今、
このことを十分に理解してレッスンをお受けになっています。

以下にて、T.K.さんのレッスン復習用のノートをご紹介したいと思います。