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特別講義Vol. 3 「一秒」と「一語」の存在の意味について考える・・・世界レヴェルの英語スピーカーを目指して

1 「時間の価値」と「汗一滴の価値」

毎日、深い思索をすることなく、ただ何となく時間を過ごしてしまっている人にとっては、「一個の人間に与えられた『時間の意味(the meaning of time)』と『時間の価値(the value of time)』」について認識・理解することは難しいでしょう。

私は、毎日、”There is no tomorrow.”(明日という日はない)と自分に言い聞かせながら生きています。無論、明日という日は、「何らかの緊急事態」が起きない限りやってきます。しかし、緊急事態というものは、事前に予告されることなく、”極めて緊急に”やってきます。例えば、今現在、頗る健康な状態で生きている人でも、突然、身体に異変が生じ、実に”我慢の域”を超えるほどの途轍もない痛みに襲われることもあり得ます。あるいは、職場でランチタイムを迎え、道路向かいの店に昼食を買いに行こうとしたとき、突然、車が猛スピードで走ってきて、道路を横断中に車にひかれてしまうことも考えられます。

以上のように、緊急事態とは、まさに、予期することなく、”極めて緊急に”、”極めて突発的に”その事態が起きます。このことは、私たち人間の人生においては、何ら「完全な保証」「完全無欠な安全」というものはないということを意味します。即ち、

“Nothing is completely guaranteed in our human life.”
(人間の人生において、完全な保証など、どこにもない。)

“Nobody is perfectly protected in this civilized society.”
(この文明社会において、誰一人として、完全無欠な保障(安全)など賦与されていない。)

私自身、これまでの人生において、”少なからず”、何回か、緊急事態に遭遇した経験があります。無論、私の周囲において、緊急事態が日常茶飯事として頻繁に起こることはありません。しかし、過去においていくつかの”極めて緊急な事態”に遭遇したとき、私はその都度、自分自身の「非力」(powerlessness)、「無知さ」(ignorance)、さらには、「人生のはかなさ」(the transience of human life)、「地球に存する一存在者としての虚無感」(a sense of nothingness as an existent on earth)等について、”心の奥底”からひしひしと感じたものです。

言うまでもなく、「人間が生きる」という有様は、決して当たり前の事実ではありません。私たち人間は、迎える一日一日において、「いつ何時、どのような緊急事態が起こるかわからない未知の状態」で生きています。このことを踏まえて述べられることは、私たち人間は、「今現在の自分の『生』(life)」について深く感謝し、「謙虚な姿勢」「厳格な姿勢」の下で、「毎日における一秒一秒」をしっかりと心の中で刻んでいくべきだということです。

今、刻むことができる「一秒一秒」は、決して「当たり前の一秒一秒」ではありません。私たちが、今、この一秒をしっかりと刻むことができる唯一の理由は、「今現在、地球に存する”一個の存在者”として新鮮な空気を吸うことができ、恵まれた生活環境の中で”一個の存在者”として生きていられる」からです。”There is no tomorrow.”(明日という日はない)、即ち、「今日の、”この日”において、一秒一秒をしっかりと生きていくことが最も重要である」ということが、この言葉の背後に秘めらたた”connotation”(含意)であるわけです。

“There is no tomorrow.”と自分に言い聞かせれば、今日できることを明日に延ばすことなく、「今日やるべきことを、今日のうちにやろう」と考えるものです。結局、人間の人生は、やるべきことを「やるか・やらないか」で、その”行く末”(future)が決まるのだと私は考えます。

“The future has not been written yet.”
(未来は、既に決められているものではない。)

“The future should be constructively made by yourself in a sweat.”
(未来というものは、たっぷりと汗をかきながら、自分自身の手で作っていくものだ。)

“The sweat surely answers you in the future.”
(汗は正直。毎日、良い汗をかく人ほど、良き未来に生きることができる。)

毎日、より良く生きる「知恵」(wisdom)を備えている人は、「時間の価値」、とりわけ「一秒一秒の重さ」をしっかりと理解している人です。このことは、英語の習得法においても類推適用できる考え方です。「毎日における一秒一秒をどう捉えるか」、・・・当・英会話道場イングリッシュヒルズで学ぶ受講生の皆さん、是非、この教材の精読を介して、この問題について深い思索を試みてください。

2 「『一秒』の存在の意味、『一語』の存在の意味」についての理解を大前提とした60分レッスンの復習方法

「人間存在」についての本質論を述べるならば、そもそも、「人間の数十年の人生というものは、『毎日の一秒一秒の積み重ね』で構築されている」ということです。即ち、個々の人間の人生の「中身の濃さ」は、それぞれの人間が、「一秒一秒をいかに捉え、一秒一秒に対してどれだけ敬意を払い、一秒一秒に対してどれだけのエネルギーを投入してきたか」ということに直接関係するものです。

「一秒一秒が、自分の人生を構築する」という見識の下、受講生の皆さんがボイスレコーダで録音済みの60分レッスンの復習をするとき、以下のような復習方法を試みると「劇的な学習成果」を出すことができます。

1⇒ 深夜において、部屋のライトを消し、蝋燭一本で過ごす
2⇒ 暗闇の中で見る蝋燭の火は、昼間の「喧騒」を忘れさせてくれる
3⇒ 心の状態を「喧騒」から「静寂」に推移させた後、「瞑想」、あるいは「思索」を試みる
4⇒ 心が安定してきたら、蝋燭の火の面前で、「録音済みの60分レッスン」を再生する

この時、「人類」(mankind)という立ち位置から、以下の3つの問題について哲学すると、この学習経験の「質」(quality)を向上させます。

(a) Where you are originally from?
(b) Where you are standing upon now?
(c) Where you are eventually going?

録音済みのレッスンは、世俗的なしがらみ・損得勘定・私利私欲を一切捨て去り、「静寂」(silence)の雰囲気の中でしっかりと聴いてみください。静寂が醸し出す「心の贅沢」を味わいながら、一秒、そして、一秒と、心の中で一秒一秒を刻みながら「講師が発する英語の一語一語」を聴き込んでいくと、やがて、「喧騒」(noise)の中では聴き逃していた「何らかの本質」が聴こえてきます。

この時、「英語のリスニング能力を養いたい」というローカル目線の目的ではなく、「講師は、このレッスンで何を伝えたかったのか」という知的好奇心、あるいは、”学究的”好奇心を基盤として聴いてみることをお勧めします。英語の勉強と思って講師の英語を何度聴き込んでも、そうした人は、結局、「英語の音」のみを追っているだけで、何ら、講師が教授したい本質的教授内容について理解・吸収することはできません。

逆に言うならば、60分レッスンの復習をするとき、まず第一に、「講師は、レッスンを通して一体何を教授したかったのか」という問題意識を基盤として録音済みのレッスンを何度も何度も聴き込んでいると、少しずつ、知らず知らずのうちに、英語で「『国際的教養・品格』の基盤・基礎」が養われ、言語としての英語自体も劇的に改善されていきます。講師のレッスンの醍醐味は、このティーチング・メカニズムに存します。

受講生の皆さんが当教室での学習を通して、将来、「世界レヴェルの英語スピーカー」になれるか否かの「決定的な境界線・分岐点」(decisive bifurcation)は、実は、受講生の皆さん自身が、講師が行う「人類愛を基盤とした理性的教授方法」(rational teaching mechanism based upon philanthropy)の価値についてしっかりと理解した上でレッスンを受講しているかどうかにかかっているのです。

最後に、今回の特別講義におけるキーワードを記してきます。今回のキーワードは4つです。即ち、「一秒」「一語」「思索」「静寂」。銀座書斎で60分レッスンを受けるとき、(1)「一秒の価値を考える存在者」、(2)「一語の価値を考える存在者」、(3)「一秒一秒、一語一語の面前において、思索することを怠らない存在者」、(4)「静寂の価値がわかる存在者」としてレッスンを受けてみてください。

レッスン受講の際、銀座書斎のドアーをノックする前に、「自分の心」を律し、世俗的なしがらみ・私利私欲・損得勘定・邪念を一切捨て去り、「心の浄化」を具現した上で入室すると、他の英会話スクールでは決して経験することのできない「理性で構築された空気感が漂う『深遠なる英語の世界』」を満喫することができます。

 

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