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アメリカ史に秘められたstubbornの意味

2012年03月30日 | Essay |

英語のstubbornは形容詞で、「頑固な、強情な、ひどく片意地な、不屈の、取り扱いにくい、手に負えない」などの意味。概して、現代英語におけるstubbornは「頑固な」という意味で使われる場合が多いですが、その一方、“新大陸”アメリカでは、このstubbornという言葉に関して“新大陸”(the New Continent)ならではの独自の使い方・捉え方をうかがうことができます。

言うまでもなく、英米語におけるthe New Continentとは、「新大陸(アメリカ)」という意味。これを地理的に述べると、この言葉は、所謂、アメリカ合衆国(The United States of America)だけでなく、南アメリカ・北アメリカ全域を包含するものです。西洋において、The New Continentと対比して使われる言葉はthe Old Continent。これは「旧大陸」を意味する表現であり、地理的には、ヨーロッパだけでなく、アジアやアフリカも含まれます。西洋の学術研究においては、大抵の場合、研究者は、「地理的な観点からthe Old ContinentとThe New Continentを対比させ、何らかの具体的事例について考察・論証する」という研究手法を採ることは実に頻繁に行われていることです。

ここからは、大まかにアメリカの歴史について触れたいと思います。現在のアメリカ合衆国は、17世紀から本格的に始まったイギリスによる植民地建設の時代を経て、やがて、1776年7月4日、13の植民地の中央組織である大陸会議(Continental Congress)が独立宣言(The Declaration of Independence)を採択。その結果、13の植民地が一つの独立国家(sovereign state)を形成しイギリス本国から独立しました。

新大陸に建国された独立国家としてのアメリカ合衆国の広大な大地(大陸的国土)には、まさに、西洋文明社会で長く続く伝統的な社会制度・慣習等から脱皮を図り、新大陸ならではの新しい価値観を基盤として国を繁栄させようとする、「新鮮、且つ、エネルギッシュな気質」がそこにありました。このような地理的、且つ、歴史的背景の下、アメリカでは、stubbornという言葉について、意識的、“やがては無意識的に”二つの捉え方をするようになりました。一つは、ヨーロッパ旧大陸圏の“圏域”の一国としてのイギリス(イギリスは、所謂、“島国”ではあるが、ヨーロッパ旧大陸圏域を構成する主要な国家の一つである)で使われている「本来のstubborn(頑固な)」という意味。そして、もう一つは、長きにわたる植民地時代を経て1776年にアメリカ合衆国が成立し、その当時の人々の心の中に、アメリカ人として、これまでの伝統的なヨーロッパ社会には無い「新しい人間観・価値観・道徳観念等」が芽生えたことを源泉とする、アメリカ人気質における「“良心”(conscience)としてのstubborn」。このstubbornは、まさに、自由・平等・正義を追求する当時のアメリカ人の“アメリカ化”(Americanization)の経験から生まれた「アメリカ人特有の“頑固さ”・“不屈さ”・“石頭ぶり”」を表すものといえます。

例えば、大西部時代においては、地域によっては、堂々たる開拓者精神(the frontier spirit)の下、“連邦法云々”(連邦法を遵守する・しない)という理念的問題よりも、所謂、端的な意味でのhumanの範疇にとどまらず、「”humane”(人情のある、人道的な、隣人に対して思いやりのある)な人間」として社会生活を送りたいと切望する人々が相当数いました。アメリカの大西部時代において、広大な大自然で生活する人々の心の中で最も重要視されたものは、法でも机上の理論(理屈)でもなく、「燦々と輝く太陽の下で共に汗と涙を流す隣人たちとの“友情”と“絆”」であったのです。

この時代のアメリカ、特に、新しく開拓が行われている地域(西部地域)では、外部からの何らかの不合理・不条理(absurdity)に遭遇したとき、大切な人たちとの友情・絆を守るために「極めて頑固な人間」(an extremely stubborn person)となり、「自分たちが開拓してきた土地で守り続けてきた“信念”(belief)を貫き通す」という行為が堂々となされてきました。そうした頑固さを堅持し続けたアメリカ人の心の奥底には、「人間として大切にするべきものは法でも理屈でもない。本当に大切なものとは、今、この大自然で生活を共にする家族・友人・隣人(同じ地域に住む隣人)である」という、「アメリカ人としての、実に見事、且つ、頑固な信念」(splendid and stubborn belief as an American)がそこに存在していたのです。